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カンボジアからの活動報告

     カンボジアからの活動報告


カンボジアからの現場手記

トリヴァニ基金ディレクターであるメーガン・マクミランの最近の出張先はカンボジアでした。トリヴァニの「カラバン・ブライト・フューチャー・センター(KBFC)」の成功に関しても十分に調査し、大成功をおさめてメーガンは戻りました。カンボジア滞在中メーガンは、KBFCの教師全員とも会い、生徒たちと面談、その父兄たちとも話し合いを行い、そして学校の将来計画へと導きました。KBFCの生徒と父兄は自分達の成功談をみなさんに伝えたい意向でしたので、このニュースレターでいくつかを取り上げることにしました。メーガンはカラバンから2時間ほど離れたヴィール村も訪れ、トリヴァニが支援しているヴィール小学校の生徒の現在の様子を視察してきました。

メーガンのカンボジア出張によって現地の公的教育システムは、当初トリヴァニが想像していた以上に劣悪であるということが判明しました。一人の生徒をカンボジアの教育システムにおいて進級・進学させるには、生徒を州主催の試験に合格させなくてはなりません。残念なことに、この試験に合格するためには個別指導に大変費用がかかります。実はある学校教師の何名かが授業中に指導を意図的に完了させずに、試験合格や進級のための指導料を払うよう求めていました。貧しい家庭の生徒はもちろん個別指導料を支払うすべがないため、授業についていけなかったり、何年も進級できなかったりといったことがしばしば起こっており、最後には教育システムに苛立ちを覚えながらも中途退学してしまうという事態が生じています。

子供の学校生活期待値の順位付では、カンボジアは110か国中95位になっています(1位は最上位の学校生活期待値、110位は最下位)。総合平均的な学校生活期待値はカンボジア人生徒ではなんと7.3年とされています。この高い中途退学率を改善するためにトリヴァニはKBFCの生徒達に英語・数学・理科・フランス語・クメール語・コンピュータースキルの教科の個別指導を提供しています。KBFCを通してトリヴァニはすでに中途退学し不満を抱えている生徒達にも手を差し伸べ奉仕活動を展開しています。ロン・ホウイー君のストーリーは本号においてこのプログラムの成果の最良の例となることでしょう。

今回私達は他に何名かのKBFCの生徒のストーリーを本号で取り上げることにしており、皆さんがそのストーリーに共感していただけると幸いです。ここに取り上げられた生徒達のほとんどが現在の学業を手にするために大きな困難を乗り越えてきました。トリヴァニがKBFCを拡張し、カンボジアの生徒達の生活を豊かにさせることができたのも、ひとえにみなさんのご支援によるものであり深く感謝いたしております。本ニュースレターではヴィール小学校建設のために地域貢献を手助けされたクリー・マーディー氏をヴィール地域リーダーとして紹介することにしております。メーガンのカンボジア(カラバンとヴィール村)出張においてのみどころも満載に今月のニュースレターをお届けいたしますので、ご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。

 
ロン・ホウイー君のストーリー

ロン・ホウイー君の波乱万丈にみちた18才の人生は想像を絶するものです。ロン君の家族を襲った最初の悲劇とは彼が6才のときでした。彼の父親は森で有毒植物に触れる事故で32歳で亡くなってしまいました。ロン君の母親は4人の幼い子供を抱えて、子供を養育する支援もなくただ一人残されました。

ロン君の母は他の州に住む祖母と一緒に暮らすよう2人の子供を送り出しました。ロン君とその弟は僧侶が支援している仏教寺院で暮らすことになりました。ロン君は5才までその寺院の学校に通っていましたが、期末試験に合格することが出来ずに1年生から上には進級することができませんでした。

その間、一人暮らしをしていた母親は家族全員が再び一緒に暮らせるように一生懸命働きました。ロン君が12才のときに母親は再婚することとなり、子供を呼び寄せることができました。その後5年間は、ロン君も比較的安定した家庭生活を送ることができました。学校も続けて7学年まで進級することができました。

しかし、またしてもロン君に不幸は起こります。彼の母親が病気となり、昨年は看病のため学業を中断せざるをえなくなりました。さらに6ヵ月前に母親が雷に打たれ亡くなってしまいました。ロン君の家族は生きるためまたもや離れ離れとなりました。傷心と寂しさのあまりロン君は学業を完全に放棄してしまいます。自分自身や家族の借金を払うため求職しました。その中でロン君は木こりや罠猟の仕事を見つけます。2ヵ月後家族の借金を払い終え、伯母の家に身を寄せることになりました。

KBFCの放課後授業にロン君の友人が参加していた縁からロン君の人生にトリヴァニが関わることになりました。ロン君は貧困ということもありましたが、彼が約束してくれたこともあり、その波乱に満ちた人生がそのプログラムによって安定化させられるという期待感から入所を受け入れられました。ロン君は長年の不登校を理由に断られることを恐れて州学校への就学はしていませんでした。KBFCのスタッフはそこで仲介をし、州学校ディレクターと一つの取り決めをすることができました。そしてロン君は8学年から復学することになりました。

ロン君はこの4ヶ月間KBFCに出席し、大きな自信を得ることができました。新たに自信をつけたことにより、ロン君は学校にとどまり12学年の学業を修了することを約束してくれました。ロン君はKBFCで全ての科目(英語・数学・物理・化学)の個別指導を受けるという機会に恵まれています。

ロン君は熱心でやる気のある生徒であるため、比較的に就学経験が短いのにも関わらず、勉強のわからない生徒からの質問に答えるという奉仕活動も行っています。学校の美術の日や地域清掃活動といった学校側が行っている全ての課外活動にも参加しています。KBFCはロン君にとって今は家のような存在となっており、生徒やスタッフは家族のような存在です。波乱万丈で悲惨な過去にも関わらず、引き続きトリヴァニ奨学金がロン君の教育や人生の安定化の支えになるように期待しています。



ソファーズ・チャン君のストーリー

教育はただ単に生き抜くこと以上にその人の生活の質を高める上での鍵となっています。しかし通常、その鍵はソファーズ・チャン君のような貧困家庭には届かないことが多いのです。

ソファーズ君の初年度の就学は家族のタイへの出稼ぎ転居で中断されました。その一年後父親が亡くなり、母親もトマトの栽培をしながら3人の子供を養いました。ソファーズ君の兄もタイでは就学を認められていませんでした。そのため家族はカンボジアに戻り、ソファーズ君の母親は地元の病院で清掃員として働くことになりました。母親は月20ドルという報酬を得て、その病院で家族とともに住み込みをしていました。

家族は母親の就職を喜びましたが、その仕事では3人の息子を養うには不十分でした。そのためソファーズ君の母親は年長の2人の息子をタイへ養子に出しました。この別離が自分の息子達に明るい未来が与えられるように希望した母親でしたが、それはそのタイ人によって欺かれたのでした。タイの家族は養子に受け入れたものの、息子達を畑で働かせて学校に行かせようとはしませんでした。ソファーズ君の母親にはその息子達を取り戻すすべがありませんでした。その息子達を手放してもまだ自分とソファーズ君を養うことで精一杯でした。

当時ソファーズ君は学校では上手くやっていけていませんでした。長期間学校を離れていたために勉強についていくのがお手上げの状態、しかし母親には個別指導を頼める金銭的な余裕はありませんでした。ソファーズ君は不十分な教育システムから落ちこぼれるという危険に晒され、教育不足からの貧困という終わりのない負のサイクルにとらわれようとしていました。

ソファーズ君はKBFCに母親と同じ病院で働くある看護師によって紹介されました。KBFCに入所した現在は無料で個別指導を受けており、英語を勉強し、KBFCの図書館で読書を楽しんでいます。また環境、救命、堆肥化、衛生学についても学んでいます。ソファーズ君いわく、英語の先生はみんな優秀で、自分も見習って教師になりたいと思っているそうです。

ソファーズ君とその家族はまだ大変な状況ではありますが、彼の母親が就業までにソファーズ君が学業に専念することを強く望んでいます。以前はソファーズ君の能力や試験に合格できるか心配していた母親も今では安心し、ソファーズ君の学業を支援しているKBCFに対し感謝しています。

 
ムーン・モック君のストーリー

KBFCとトリヴァニ基金奨学金は貧困なカンボジアの子供達に教育の機会を与えています。それがなければ子供達は途方に暮れることになるでしょう。貧困に見舞われている家庭の子供達、例えば9才のムーン・モック君のような場合、しばしば小学校レベルの教育のチャンスを逃すことがあります。というのも単に家族が生き延びるために家の手伝で忙しいという理由です。KBFCでは無料で英語・クメール語・コンピューター・数学・理科のクラスを提供することによって、子供達が公立学校の授業についていけるようにまた大学進学準備の支援を行っています。

ムーン君が9才のとき、その安定した子供時代は両親の離婚を機に終焉しました。彼の父親は家庭を去り家族を養育することをやめてしまいました。そのためムーン君と兄弟は祖母と伯母の家に預けられることになります。子供達全員が家族を食べさせていくために働かなくてはなりませんでした。ムーン君は米作りをしていましたがそれでは不十分で、兄弟とともにジャングルで猟をしていました。手に入れた肉は地域市場で販売し、それで稼いだお金を自分たちの食料や文具を買うために使っていました。 ムーン君は現在8年生に在籍しています。彼もその兄弟もKBFCで勉強できることに感謝しています。ムーン君はKBFC提供の通学用自転車で、KBFCに通っていました。ムーン君の学校の先生も彼の学業能力の向上や勉強に対する熱心な姿勢を目にしているといいます。

一日が終わるとムーン君は祖母の木や葉でできた小さな5×6m四方の家に戻りますが、それでもトリヴァニ基金奨学金やKBFCのおかげで自信や希望に満ち溢れた生活を送っています。

カンナ・コーエンさんのストーリー

カンナ・コーエンさんは13才。最近までは8人家族で木の皮で壁ができているような小さな木の家に住んでいました。カンナさんの家族はカンボジアの田舎で農家として必死に生活しています。最寄りの公立学校は3kmも離れており、遠距離と貧困で在学することが困難です。

カンナさんは最近学校より近い伯母の家に引越ししました。学業に加えて、掃除や洗濯、水汲み、幼い甥の面倒など家事の責任も受け持ち、市場で物売りをしている伯母を手伝っています。

カンナさんの小さい肩には彼女の2倍以上年上の人達の責任より重いものがのしかかっています。彼女は断続的な疲労から学業についていくことが困難となっています。「私も他の生徒のように勉強したいです」とカンナさんは訴えます。「でも、私の家族は貧しく、自分の通学カバンや本、文具も買うことができないです。個別指導で勉強するお金もありませんし。」

カンナさんはKBFCという貧しい生徒達の面倒をみてくれる場所を見つけ、教育の機会を十分に得ることができました。彼女にとってKBFCの一番好きな点とは、無料で個別指導を受けられることだそうです。KBFCでの授業はカンナさんにとってすばらしく、それは彼女の学業を補充してくれるものとなっています。

カンナさんは生徒に対し無配慮な州学校での教育は質的な問題があって好きではないそうです。しかしKBFCでは個人レベルで生徒を考慮してくれる献身的な先生達に出会ったとカンナさんはいいます。KBFCの先生達は時間を取って、考えを明確に話してくれて、生徒達が理解してくれているか確認してくれるそうです。 カンナさんはKBFCが提供してくれる全てのものを積極的に受け入れています。早く到着して図書館で読書をしていることは日常茶飯事で、全ての課外活動にも参加しています。KBFCのおかげでカンナさんは学校に在籍して勉強すること、そして12学年レベルの教育は修了させると約束してくれています。



ヴァンナック・ロン君のストーリー

ヴァンナック・ロン君は17才、カンボジアの田舎で暮らしています。6年生の時に父親が女性の権力者に惹かれ、ヴァンナック君の家族を金銭的には養育しなくなりました。当初はヴァンナック君が学業を放棄し労働者として働かざるをえませんでした。家族を養うため野菜栽培も行いました。ヴァンナック君とその7人家族は生きていくためだけに自給自足農家となりました。最終的には、母親が一生懸命働いてくれたおかげで、ヴァンナック君は学校に戻ることができました。しかし、彼の進路も容易なものではありませんでした。

ヴァンナック君の家では、食事の用意、キャベツの栽培、畑を耕すことが彼の仕事です。家庭の収入を補うために、ヴァンナック君の母親はしばしばタイに出稼ぎに行きます。その時期には、ヴァンナック君は自分で残った家族の世話をします。これらの責任からヴァンナック君が勉強から頻繁に遠ざけられる結果となっていました。ヴァンナック君の家庭では彼の自転車を修理するだけの金銭的な余裕もなく、通学自体にも支障が生じていたのです。

ヴァンナック君は学業においても苦労していました。家事の負担が非常に大きいために勉強する時間がほとんどなく、州学校に出席しても授業が理解できませんでした。ヴァンナック君の母親によると、個別指導に出席しないヴァンナック君に対して州学校の先生が嫌がらせをしていたようです。ある教師はヴァンナック君を殴ったそうですが、ヴァンナック君の家庭にとって個別指導を払う余裕はどこにもありませんでした。

幸運にも、ヴァンナック君はKBFCを見つけました。KBFCの先生達はヴァンナック君を特に気に掛けてくれました。彼の英会話力やライティングスキルは飛躍的に向上し、州学校での勉強面おいての問題はなくなりました。

ヴァンナック君はフレンドリーで明るく、行儀が良い生徒です。KBFCの親切でプロフェッショナルな先生達に対しては特に感謝の意を表しています。KBFCの先生達によって英語・数学・物理・クメール語・化学の科目において彼の学術スキルを伸ばすことが出来ました。また先生達はヴァンナック君がクラスに通えるようにと自転車の修理もしてくださいました。

ヴァンナック君はKBFCの先生達から受けた支援によって、12学年の教育は修了させると約束してくれました。ヴァンナック君の母親もいつか彼が教師や通訳になり、他の兄弟も手助けできるようになって欲しいと望んでいます。ヴァンナック君自身は科学者になり、コンピューターや中国語、スペイン語、ドイツ語も勉強したいと思っています。彼がどのような道を今後選択するにせよ、例えていうならばその道を旅する手段をKBFCのおかげで手に入れたといえます。

地域活動家、クリー・マーディー氏

クリー・マーディー氏はカンボジアのヴィール村に農業のため一年前に移り住みました。それからまもなくヴィール地域が非識字であるということに気がつきます。そのため、クリー氏は成人向け識字クラスをスタートさせました。教育局がクリー氏の功績を認め、彼を非常勤の講師として採用することにしました。そのときからクリー氏はその地域でトリヴァニを含むたくさんの非利益団体においてボランティアとして携わりました。今ではヴィールでの非営利活動を管理しています。プロジェクトに重複はないか、そのプロジェクトは地域にとって有意義なものであるか常に確認してくれています。

2008年秋、クリー氏はトリヴァニとともにヴィールの子供達にとって必要とされていた小学校の建設に携わりました。クリー氏は地域メンバーのために建設プロジェクトに関わる小規模ではありますが一部分に関して資金調達と、それから労働力の提供の手配を行いました。クリー氏のボランティア活動によって、現在ではヴィール小学校は大きく成長しています。クリー氏は、ヴィール地域の住民全員に仕事があること、収入が増えること、そしてみんなが健康的な生活が送れることを希望しています。これらのことがヴィールに実現されることをクリー氏は心待ちにしています。クリー氏の全ての功績に感謝を表したいと思います。

ディストリビューターへの感謝の手紙

親愛なるディストリビューターのみなさんへ

こんにちは、ディストリビューターのみなさん!ごきげんいかがですか?私達は元気にしています。私はヴァニー・パールといいます。KBFCの生徒で、州学校の9年生でもあります。毎日朝6時に起きて、着替えを済ませ朝食を食べます。6時20分には自転車で6km離れた州学校に友達と向かいます。11時には州学校を出てKBFCに行き数学やクメール語を勉強します。14時にはまた州学校に戻り再び勉強します。16時にはKBFCに行き18時まで英語と物理を勉強します。KBFCで勉強ができて私はとてもうれしいです。ここで私達が勉強できるようにディストリビューターのみなさんがご支援してくださりとても感謝しています。これからもずっとみなさんが私達を支えてくださることを期待しています。最後になりましたが、みなさんやご家族にも幸運と幸せが訪れますようにお祈りしています。

愛を込めて

ヴァニー パール